柴 又 七 福 神
恵比寿天 薬王山瑠璃光院医王寺
平成廿六年一月六日
                   
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柴又七福神 色紙

恵比寿天 医王寺 御朱印

縁起
応永14年(1407)観賢法印の創立、もと下総国分寺下の薬王寺と呼ばれた。
天文7年(1538)・永禄7年(1564)再度の国府台合戦に焼亡したという。
寛永年間(1624-44)金蓮院の僧某が再興して、名を医王寺と改めた。
本尊薬師如来像は古くから秘仏とされている。
もと江戸川の沿岸にあったが、大正4年堤防拡張工事のため現在地に移った。
なお当寺はそば寺として知られ、本堂の傍らにそば地蔵尊の石像がたち、
また柴又七福神の一の恵比寿像が安置されている。
                (葛飾区教育委員会 葛飾区寺院調査報告より)


高砂駅前の交番を左に曲がりました。 緑色の葉があまりにも鮮やかだったので近付くと造花でした。
さくら小路を歩いて行くと踏切がありました。
        京成金町線の電車がやってきました。 今年は踏切事故がないように願うばかりです。  柴又街道を左に曲がりました。
北総鉄道新柴又駅が右側にありました。
駅前の地図で医王寺を確かめて進むと案内の看板がありました。
柴又七福神
福徳恵比壽天
医王寺
 
   医 王 寺 由 来

 応永拾四年七月七日時の将軍足利義満公が、奇病(赤目病)が
下総国一円に発生し住民が全滅の危機にさらされているのを聞き
及び、時の後小松天皇に悪病退散の祈願寺の建立を上奏し、
京都仁和寺の僧観見和尚に薬師瑠璃光如来を奉持させ、柴又村の
当地に建立したものである。
 赤目病とは、両目が最初充血し、悪化するにつれ「目やに」が出て
やがて瞳が白く濁り「下まぶた」が垂れ下がり赤く腫れ上がり、
最後には失明してしまう恐ろしい奇病で原因は不明であったと云う。
当時の目の病いに苦しむ村人たち、近郷近在より参詣に訪れたと聞く。
此の奇病にかかった村人が昭和二十年頃を最後に、以後
赤目病患者は当地より消えたのである。
 当山では、境内より湧き出る清水(現存しない)と護符と茶目薬を
室町時代より昭和中期まで眼病祈祷札と共に出していたが、終戦後
薬事法の定めにより今は出していない。だが、現在でも、眼病を護る
仏として参詣に人々が訪れている。

一、薬王山瑠璃光院医王寺と号す。(真言宗)
一、開   山   応永拾四年七月七日
一、開 山 上 人  大僧正 観見(仁和寺の僧)
一、安 置 仏   本尊薬師瑠璃光如来
            (木造一刀彫 伝弘法大師作 三体明鳥との伝えあり)
一、前立本尊薬師如来(江戸時代明暦二年 大仏師 加藤匠) 
一、福徳恵比寿天(現尊像の腹仏として、天文年間の作と思われ、
            三寸五分の尊体が納められている。作者不明)
一、地蔵観音菩薩(徳川初期の作と云われる。作者不明 平成元年
            京仏師 大仏師松本明慶師により修復)
一、金仏不動明王勢至菩薩、文殊菩薩、阿弥陀如来、大日如来(木造金箔塗)

仁王山門鐘楼 平成四年十一月完成 木曽檜作り(大和田儀己工匠)
仁王像 二体 京仏師 大仏師松本明慶師作

立派な山門です。平成四年にできたようです。       扁額「瞖王寺」             葛飾名所 七福神 福德恵比壽天
堂々とした二王様が左右にいらっしゃいました。
見上げますと四隅に四天王が護っていました。

五七の桐

この紋章は
足利政権、豊臣政権、
今の政府が用いています。


不動明王 享保二年丁酉七月吉日

地蔵菩薩 

如意輪観音菩薩 宝永○年
不動明王 四國第廿○番
讃岐國○山寺
西國○○
柴又七福神
恵比寿天  医王寺
(開創応栄十四年[室町時代])
(開祖 観賢大僧正)
中興祖源珍僧都という御方が宗祖弘法大師の
足跡を巡行中、村人より一体の恵比寿天を
戴かれ、山中に安置し香華供物を供え
二十一日間の御修行をすると、
川底より砂金を掬い上げた。
後に恵比寿天を礼拝すれば商人は金
銭意の如く集まると唱え、多くの世人に広めた。
当山代々住職は、その偉業を尊び伝承し
今日に至らしめたものである。
葛   飾   区
葛飾区観光協会
弘法大師
真言宗のお寺さんで
よく見かける修行僧のお姿です。
ここから
清水が湧き出ていたのかもしれません。
本堂の扉がわずかに開いていました。
福德恵比壽天 糸が付いた釣り竿を持って亀さんに乗っています。 扉の上に菩薩様が雲に乗り、
蓮の花や楽器を持って舞い降りてきています。
もう一度恵比寿様にお詣りして本堂を後にしました。
だんだんお詣りする人が増えてきました。
お地蔵さまには
小さなお地蔵さまが幾つも供えられていました。
葛飾名所 七福神 福德恵比壽天 門松に福德惠比壽天の門柱